六、ヌ―ドになれるか

(一)自分をさらけ出すことができる

人前でヌ―ドになるには、相当の勇気がいる。酒が入っていてもなれそうにない。
しかし、世の中にはいとも簡単になれる人もいる。よほど自信があるのであろう。私はそ
ういう人をうらやましく思う時がある。しかし、そんな私が宴会の席で一度だけヌ―ドに
なったことがある。それもトップバッタ―で…(多少、お酒の力も借りていたが)。
最初はものすごく恥ずかしかったが、ぬいでしまえば思った程ではなかったことを覚えて
いる。むしろ、私が裸になったおかげで全員がすっ裸になって盛り上り、その時のことは
今だに語り草になっている。あの時、私が恥ずかしがっていれば、そこまで盛り上がらな
かったかもしれない。
自分をさらけ出すから、相手も安心し、乗ってくるのではなかろうか。
人は鏡という。自分の心を相手は写してくれる。自分の心が開かれていなければ、相手も
開く事はない。起業家の条件としてヌ―ドになれるか、問う理由はこの辺にある。
自分をさらけ出すことができず、情報も公開せず、相手を信頼できずして、相手に協力
を求めたとしても、不信感を買うだけではなかろうか。相手に対し、手の内を見せて、自
分の夢や目標を本気で語る。そこに相手の心を動かし、良きパ―トナ―としての信頼関係
を築いていくことが出来る。
人は鏡…。自分にとって不利な事でも包み隠さず公開し、相手の懐深く飛び込んで行く
ような本気の姿勢があれば、ピンチの時に誰かが助けてくれるのではなかろうかと思う。

(二)情報を公開する

樋口可南子のヌ―ド写真集は衝撃的であった。丁度、福ベンの『辞表の出る理由』の出
版と同じ時期であったことを思い出す。博多の書店では瞬間的ではあっても、社員と私達
の往復書簡集が彼女の写真集を抜いてトップになったと喜んだこともあった。
あれから七年、今ではヌ―ド写真集など珍しくもなくなって、興味も湧いてこないが、
当時はかなりの反響があったと記憶している。つくづく、女性の大胆さ、勇気には感心さ
せられる。ヌ―ドになる事、人々に裸体を晒す事にはかなりの抵抗感があるが、その一線
を越える決断とは何なのであろうか。
一般的にはお金のためであろうか、と想像したくなるが、それだけではなさそうだ。や
はり自分自身の裸体に対して相当の自信がなければヌ―ドにはなれそうもない。
起業家の条件として、敢えて、ヌ―ドになれるかと問う理由もこの点にある。
自分をさらけ出す事ができず、情報も公開せずして、相手に協力を求めることには限界
があるということだ。手の内を見せて、自分の夢や目標を語ることこそが、相手の信頼感
や共感を得る近道だと思う。

自分の都合や論理で相手を説得しても、相手は納得しないし、動いてはくれない。まず
は、自らが裸になって、相手の懐に入って行く勇気が何よりも大切であろう。自分にとっ
て不利な情報であっても包み隠さず公開し、相手の判断に委ねるというようなフェア―な
態度こそが、逆に相手の信頼感を増す。過去のビジネスに関する経験や体験に照らし合わ
せても情報の開示は信頼感構築のために大変重要な役割を担っている。
地方自治体の空出張問題、証券・金融・大企業と総会屋との闇取引等は全て、情報公開
がなされていない事に起因していると思う。情報公開せずに現状を隠し続けてきた事のツ
ケは、結果的には大変な損失としてはね返ってくることになった。会社や組織に対する信
頼感を喪失させ、正しい情報すら疑いの眼で見られるようになってしまった。
自分にとって不利な情報を永遠に隠し続ける事など不可能である。また隠すためには莫
大なエネルギ―やコストがかかる。またその事に起因する矛盾や混乱が必ず発生する。だ
からこそ、そうした負の労力に心血を費やすよりも、情報を公開し、自分をさらけ出す事
の方に努力した方が得策である。
また若い起業家の中には、ノウハウや情報を公開すると盗まれると危惧する声があるが、
余りにも狭量な考え方である。そう簡単に盗まれるようなアイデア程度なら、他に誰かが
考えついているはずである。また、起業や事業とは単なるアイデアとは似て非なるもので
ある。他人の意見や考え方と相互交流を図りながら、欠点を補いより高次元な計画へとに
つめて行く必要がある。
自分の短所や自分に不利な情報をも敢えてさらけ出し、相手の懐の中に飛び込んで行く
ような姿勢こそが起業家に求められている。



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