六、高校野球精神から大リ―グ魂へ
〜敗者復活戦は必ずくる〜
たった一度か二度の失敗や敗戦が真の勝利への道を閉ざすなどという事は人生ではあり
得ない。人は負ける事によってより多くのものを学ぶものである。
母校や郷土の誉与のためにひたすら勝利を求める高校野球精神は少し色褪せてきた。汗
と涙の悲壮感漂う戦いは、青春の一ペ―ジとしては感動を誘う。しかし、高校野球の勝敗
はアマチュアの領域のほんの一瞬の出来事にしかすぎない。しかも、それらの感動は勝者
よりもむしろ敗者が創り出したように思われる。
大リ―グで活躍する野茂選手は甲子園とは無縁の高校野球生活を過したはずである。最
近では、日本のプロ野球を飛び越えて、大リ―グ入りする高校生や若者達も出現している。
野球の世界で自分自身の能力を試したいという高い志や目標さえあれば、活躍の場は無
限に広がってくるのではなかろうか。甲子園や日本のプロ野球だけを目標レベルとする時
代は終わろうしているのではなかろうか。
だが、メジャ―リ―グを志向するとなると野球技術だけではなく強い精神力が必要とな
る。挫折や失敗の連続に立ち向うチャレンジ精神がなければならない。人のせいにする事
など許されない。全ては自分の責任である。言い訳や泣き言など通用しない。自分自身の
能力を信じて、夢や目標に向かう気力や体力が要求される。
母校や郷土やチ―ムのためではなく、自分自身の夢や目標の達成のために挑戦するとい
う覚悟が何よりも大切である。あの時チャレンジしなかったというような後悔を残さない
ためにも、若い時代に夢や目標に挑戦すべきだと思う。燃えたぎる程の情熱、自分を押さ
え切れない程のエネルギ―を感じられるのが自分にとっての本当の夢や目標である。もし
そうした思いや願望を抱くことができるのであれば、失敗を恐れずに一歩を踏み出して欲
しい。メジャ―リ―グへの挑戦者達は、全て自らの可能性に賭ける集団だと思われる。
ビジネスの世界もスポ―ツの世界と同様にグロ―バル化、ボ―ダ―レス化している。イ
ンタ―ネットを中心とした高度情報社会の進展に伴い、グロ―バル・スタンダ―ド(世界
標準)という考え方が常識化している。私達がめざすべきレベルは世界の基準であって、
もはや国内基準ではない。甲子園を頂点とする高校野球や日本のプロ野球のレベルよりも
高次元の大リ―グ“ベ―ス・ボ―ル”が実際の世界基準である。だからこそ、このレベル
に敢えて挑戦した野茂や伊良部や長谷川の高い志や活躍が感動を呼ぶのではあるまいか。
しかし、誰でもが大リ―グ選手になれる訳ではない。誰でもがビル・ゲイツになれる程
甘いビジネスの世界ではない。
出処進退は自ら決断し、撤退する勇気をも合わせ持つことが自分の人生にとって大切で
あろう。自らの夢や目標にチャレンジした体験は人生の他の局面において必ず生きてくる
ものと信じている。永い人生では、敗者復活戦は必ずやってくる。
寄らば大樹の考え方で退屈な人生を選択するのも自分である。自分の夢や目標を持ち困
難な人生を選ぶのも自分である。しかし、たった一度の人生であれば、若い時に自分の夢
や目標の実現へ向けて苦労してみることは決して無駄ではないと思う。人生の選択権を自
分の内側に確保し、自分自身の可能性に挑戦する生き方こそが、塞閉感漂う日本の経済や
社会を救う。踏まれても、たたかれても、次々に芽ばえてくる起業家の土壌づくりこそが
急務である。
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