2007年08月26日
ニュートラルな受信体であれ ~第3回 カレッジ説明会~
三期生募集ガイダンスが開かれました。
前回から参加された方も含め、参加者数は、13名。(福岡以外の遠方から来てくださった方も)
本日の公開講座の講師は、博多人形師である中村信喬センセイ(日本工芸会正会員)。
これからカレッジを受験し、この道に進もうと、半歩踏み出した皆に向け、その心構えともなる基本的なことをお話してくださった。
「ニュートラルな受信体でありなさい」
いつも信喬センセイが仰る言葉。
こういった学校に入るということは、えてして教えてもらえると思いがち。受身の姿勢になりがちである。
しかし、本来、私たちの目指す姿は、能動態であること。
何かを始めて動いていないとそれから先のものは手に入らない。
常にニュートラルな受信対でありなさい、と。
また、無駄なことの方が大事である。
なぜ、こうしないといけないのか。
一番下の人の仕事をする人の気持ちが分かること。
そして、誰のために何を作るのか
その思いがいいものを生み出す
夢や希望を持つ
自分がどこに行きたいのかが大事である
信喬先生の仰るひとつひとつの言葉が、身にしみた。
2007年08月25日
博多織物語 ~山内諌氏~
博多織 山内諌(いさむ)氏のご遺族の方が、その貴重な資料の数々を持ってきてくださった。

山内諌氏は、カレッジ学長のお父上でもある、故・人間国宝 小川善三郎氏、山内重平氏とともに、県指定無形文化財技術保持者に認定された。(1968)
日本工芸美術展にも7回の入選をされた博多織の歴史に名を残す人物だ。
その人柄は『仕事が生きがいで、人のやらないことが無性にやってみたくて、いい意味の非妥協。商売のワクにあてはまらない一匹オオカミである』(ハカタ巷話(40) 福日新聞より)
まさに明治生まれの職人気質があふれていた人物。
博多織は、献上のイメージが強いが、献上を織っていることはほとんどなかったそうだ。主に着尺。(博多織といえば、一般に帯のイメージが強いと思うが、着尺も昔から織られているのです)様々な色糸を撚り合わせた作品が特徴的だ。
ご遺族の話によれば、
着物は着る人にしか売らなかった。なので、問屋は一切通さない。
身につけるものは、全て手作り。下駄までも作っていたのだそうだ。
機の踏み瀬をずっと踏んで、足は変形(外反母趾?)していた。
機の音に心地よいリズムを響かせ、百年近くたっているという昔ながらの織り機を使ってこつこつと織っていらしたという。
私達の身近なところで、その山内諌氏の功績を知ることができるものと言えば、国会議事堂。(博多織は、貴衆両院協議室・その他に採用された)
昭和11年に完成した、その国会議事堂の壁面を博多織が飾っている。幅5尺単位で、総面積109平方メートル。そのつなぎ目も1ミリたりともずれてはいけない。その難作業に山内氏は、牧俊八氏・清賀喜三郎氏・神谷誠氏・助手に豊島保男氏という面々で取り組んだ。(図案・紋紙は、織物デザイナー菅善三郎氏)
のちのち、国会議事堂に見学に行かれた山内氏は、こっそり目に涙していたという。その思いもひとしおだったに違いない。(時折、ニュースや新聞に登場する委員長室の壁紙が実は博多織らしいので、要チェックです)
話はそれたが、山内氏の作品は、ひとつひとつが見事な色の調和をなし、今でもまったく魅力的なものばかりだった。蝉をかたどった絣調の作品もあったが、その緻密な図案もすべて頭の中での計算によるもの。意匠に書き起こさず、そのままダイレクトに織っていたのだという。驚きだ。(その作品は、県美術館への寄贈を所望されているそう。もしかしたらいずれ皆が目にする時がくるやもしれない)
一般に博多織=帯、と思われがちだが、博多織の着尺や、やわ物の帯・ショールなど・・様々な博多織を織ってこられた山内諌氏の功績を、あらためて目の当たりにし、これから自分がどのようなものに挑戦していくのか、大きなヒントを与えてくれた。
ずっと見てみたかった山内諌氏の作品。
もう目にすることはないだろうと言われていたので半ばあきらめていたのだが・・本当に幸せだ。
Yさん、ありがとうございます。(Yさんは、ご自分は博多織とは違う職につかれ、別の生き方をされているが、これからも博多織と関わっていきたいと仰ってくださっていた。嬉しいな)
また来てくださいね!(^^)
2007年08月24日
卒業後に向けて
私達一期生は、来年の卒業に向け、どのような方向に向かうのか様々な場で話し合いが持たれている。
先日も、一期生と、庄嶋理事長はじめ、西村教務委員長・白石教頭・実技専任講師の渡邊先生・能力開発講座の重松先生・カラー講座の鈴木先生との合同会議が開かれた。
一期生各自が卒業後(卒業してから後、3年後を目処として)~将来の目標について述べる。
それに対し、カレッジ側から様々なご助言をいただいた。
私は、専攻科に進もうかと考えていたが、カレッジ側の案と若干そぐわない点もあるため、自分で考えた方法で外に出ようかとも思う。(とはいえ、まだ検討中。まだ定まっていない)
織りを続けていく気持ちになんら揺らぎはないが、私が博多織を一生続けていくために必要なこと。(それを身につけるため、まだまだ時間がかかると思う)何かを得たい。
もともと私はノンビリタイプなので、ぼやっとしているとあっという間におばあさんになってしまいそうだけど!
それにしても、ここ数日、皆々様が私に思っている心配事が共通していることに気づいた。。どうも、このままいくと、博多織ではない分野に行ってしまうんじゃないか?と思われているようだ・・
私にとっては全てが”博多織”という軸のもと派生しているが、傍から見たら違っているよう(笑)
確かに移り気で、落ち着きはないけれど!(俗に言う「AB型は飽きっぽい」の典型?)
ちなみに、お能が好きなのも、茶道に興味あるのも、自分と対峙する点・精神性が博多織に似ているから。趣味としてではない。
全てが自分の中心内部に集約され、一本の細く強く鋭い鋼となっていく感覚が好きだ。精神修養かな。
カレッジ側の「一番したいことは何か?」という質問に、正直なところ、皆が幸せになれること!と心の中で思っていた。(やはり方向性がずれている??)もっと言えば、子どもたちが未来に希望を持って生きていけるために何かしたい。
で、そこには博多織で生きる私がある。
口に出したら、真剣に考えなさい!と喝が入りそうだったので言わなかったけど。(いたって真剣に考えてるんですけど。。)
宇宙飛行士の毛利さんの記事に『大人が夢を語れなければ、子どもも夢を語れない』とあった。私も本当にそう思う。子どもたちの幸せが一番かなー。
あぁこんなことを言っていたら、また心配の種を撒き散らしているようだが。
まぁ、全然心配しなくていいのにーと思う今日この頃です。心配ご無用です。(この楽観がまた心配を呼ぶのか??)
どこか遠くへ行って、消え去ったようでも、博多織に必ず戻ってきます。犬の帰巣本能か?ちょっと違うか(笑)
2007年08月23日
『打ち水』発信! by 西日本新聞朝刊~
本日、8.23付の西日本新聞朝刊にて、先日行われた『打ち水大作戦』の記事が大~きく載っていました!
私も、市役所前ふれあい広場で参加した『打ち水』
ほんのちょっとしたことなのだけれど、この地球の温暖化を防ぐ一歩となります。
大人も子どもも、楽しんでできる温暖化防止の試みを紹介してあるので、西日本新聞をおとりの方、ぜひご覧ください(^^)
そして、レポーターさせていただいた『打ち水大作戦』取材のUPもされました!(↓”温暖化防止ふくおか市民放送局”)
地球は丸い、みんな仲良し
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★『福岡打ち水大作戦2007』HP
http://www.f-uchimizu.jp/index.htm
☆えふネット福岡 http://fnet-fukuoka.net/
☆温暖化防止ふくおか市民放送局 http://stop-ondanka.net/
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2007年08月22日
異業種の方々と。。 IDEA塾
田村センセイのご紹介により、IDEA塾の講座に参加した。
テーマは「まちかかわりと自分探し」
講師は、”長崎さるく博”総合プロデューサーをされた茶谷氏。
参加者の数は、100名近くにも登っており、福岡のみならず、久留米・大分・柳川・・東京の方も参加され、お役所の方から“まち”を視野に入れた活動をしている方々まで多数集まっていた。
茶谷氏による“長崎さるく博”の成功のヒントなどを、様々なたとえ話を織り交ぜたトークを拝聴する。
今を去ること数年前に開催された“福岡アイランド花どんたく”。
あのとき、来場者の出足は不調だったものの、後半はえらく巻き返しを起こしたなぁ、リピーターが求めていたものはどんな点だったかななどと、イベント双方の趣旨は違うけれど、比較しながらいろいろと考える。共通することは、まちの地域イベントの根底には、地元の人々のお力が欠かすことができないものだということ。
まちの歴史に、個々人の持つ地域への想い・個人の持つ歴史が加わることで、大きな力を生みだすだろうということを講師の方も仰っていた。
講座を終えた後、参加者の中から数名が自己紹介をすることとなった。
どんな人がいるのかなぁ なんてノホホンとしていたら・・・・私も当たりました(汗)
緊張しぃの小心者なので、後頭部がくらくらしながら、なんとか自己紹介(笑)
講座を終えた後の懇親会では、多数の方々とお話させていただくことができた。
そこでは、業界外の人々が博多織に求めるもの。私たちが持つ既存の概念ではない様々な切り口をうかがい知ることができた。
私は“博多織”を、呉服業界(いわゆる着物のニーズ)だけに捉われず、日本が誇る文化として世間に伝え広めていきたいと考える。基盤となる創作活動はもとより、“博多”のまちに根ざした文化として、広く世間の人々へ伝え、認知、受け入れてもらいたい。
至極、抽象的で、理想論の世界かもしれない。しかし、これからも多くの人々と出会い、その出会いの中で様々なヒントを得ながら、一生涯かけて博多織に携わっていきたいと思う。
2007年08月20日
晴れて博多区住民です♪(^0^)
うふふふふ
念願の博多区に移り住みました。
ワーイ♪ゝ(▽`*ゝ)(ノ*´▽)ノワーイ♪
博多駅まで、徒歩でいけるのです。
お寺にも近くなりました。
家探しにご協力いただいた皆様、ありがとうございます。
この場をかりて、御礼申し上げます。
途中、博多っ子祭り”山笠”エリアに近い家を選ぶか、地下室♪のある家にするか・・・
あまりの究極の選択にクラクラし、倒れそうになりましたが。
「うちには地下室があるんよ!」(o ̄∀ ̄)ノ”
ってオモシロすぎる。秘密基地です。隠れ家です。心くすぐります。
・・が、家族にすぐ飽きるでしょ、と却下を受けてしまいました。
そんなこんなで決定した新居は、山笠エリアに近い家。
ベランダから青空が広がっていて、とても嬉しい。
うふふふふふふ
毎日、幸せです。
・・と、引越し作業にて、パソコン接続が途絶えてました。
その間、コメントいただいていた皆様、メールくださった皆様、ありがとうございます!
ご無沙汰してすみません!
今後ともよろしくお願いいたします (*^▽^*)ノ
2007年08月08日
2007年08月04日
筋肉隆々 (((c=(゚ロ゚;qホワチャー
今日、恐ろしい事実に気づいた。
織っている最中に、ふと腕を見ると・・大きな力こぶができていた。
いや、それには気づいていた。気づかないふりをしながらも、知っていた。なので、まぁよしとしよう。
しかし、今日の驚きはそんなことでは終わらなかった・・・
じーっと見ていた力こぶ。
ふと、力を入れず、軽~く腕を曲げてみる。
・・・・
ち、ち、ち、力こぶが・・力こぶが!!!!・・・・動く・・・・
(||゚Д゚)ヒィィィィィ!(゚Д゚||)
力は入れてない!!ショック!!!
あぁぁ 乙女なのにーーーー。(注:心は)
ジムにもいかず、この筋肉。
村田さんは 「いいじゃないですかぁ♪」 なんて言っていたけれど、本当にそう思ってる??( ̄▽ ̄;)!!
日々の修練の賜物か??? 複雑な思い・・
その後、笑いがこみ上げてきて織りが乱れた。あまりの可笑しさに集中力も欠け、シャトルが思わぬ方向へ飛び始める。
いよいよあきらめようかと思ったけれど、村田さんも頑張っていたので、私も頑張ることにする。(途中、村田さんがカルピスを作ってきてくれ(ありがと~)栄養補給&リフレッシュ♪)
そうこうして、残すところは ふち織り のみとなりました。
集中、集中~っと。
2007年08月03日
8/5(日)は、カレッジ説明会です★
第2回 『第三期生募集ガイダンス』が開催されます。
本日、事務局 野口さんに尋ねたところ、参加される方も20名近いそうです。前回に引き続き、ご参加くださる方もいらっしゃるとのこと。。ありがとうございます。
当日は、日本伝統工芸会 正会員である型染め作家の
釜我敏子センセイの公開講座も開かれます。
カレッジに興味のある方はぜひ、この機会にお越しくださいませ。
詳細は、カレッジHPの”学校案内”をご確認ください(^^)
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第三期生募集ガイダンス
H19.8.5(日)
午前11時開始 午後2時終了予定
ランチは、軽食を用意いたします(無料)
2007年08月02日
捜索注意報・・...ヽ( ´_つ`)ノ typhoon.
台風5号がやってきた。
カレッジも、4時に終了。
交通機関が停止する前に!と、皆、急いで帰っていった。
その時点で台風の勢力は960ヘクトパスカル。
私は自転車通学なので、少しばかり残ることにした。(一応、野口さんと西村会長にはその旨伝えて・・)
織りあがった帯を切り落とすこともできた!
今日の課題も達成し、雨の中、自転車こぎこぎ帰宅。
さすがに風も強く、ところどころ折れた傘が落ちている。
バラバラバラッ と、傘に打ち付く雨の音。大粒です!自然の力はすごいなぁ。なんて感心しながら・・ヨロヨロ自転車をこぐ。
歌を歌いながら意気揚々、玄関のドアを開けた。
・・と家に入るや否や
「何してたの!」 (`Д´) コラッ!
怒られた。(T_T)
・・・
「学校だよ」
「今日は台風で、みんな早く帰ったんでしょ!」(そうその通り)
「ちょっと残っただけじゃよ」 ブンブーンε=ε=(o ・ω・)o
「こんな日にばかじゃないの!!」 ヾ(。`Д´。)ノ
「ずぶ濡れになってどうやって帰ってきたの!」
「自転車」 ....((((ヘ・ェ・)ヘ カサコソカサコソ
「おばかじゃないの!!!」 !!!<(|| ̄口 ̄)>
あげく家族は、野口さんに私が帰ってこないと電話していたらしい・・
あぁ・・・.((-ω-。)
(こんな日に限って、携帯を忘れていったのでありました)
野口さん、ごめんなさい。無事帰宅しました。
おかげ様で、帯も織れました。