博多織デベロップメントカレッジ≪博多織デベロップBlog≫

2007年08月25日

博多織物語 ~山内諌氏~

博多織 山内諌(いさむ)氏のご遺族の方が、その貴重な資料の数々を持ってきてくださった。

山内いさお氏 資料 029.jpg

山内諌氏は、カレッジ学長のお父上でもある、故・人間国宝 小川善三郎氏、山内重平氏とともに、県指定無形文化財技術保持者に認定された。(1968)
日本工芸美術展にも7回の入選をされた博多織の歴史に名を残す人物だ。


その人柄は『仕事が生きがいで、人のやらないことが無性にやってみたくて、いい意味の非妥協。商売のワクにあてはまらない一匹オオカミである』(ハカタ巷話(40) 福日新聞より)
まさに明治生まれの職人気質があふれていた人物。
博多織は、献上のイメージが強いが、献上を織っていることはほとんどなかったそうだ。主に着尺。(博多織といえば、一般に帯のイメージが強いと思うが、着尺も昔から織られているのです)様々な色糸を撚り合わせた作品が特徴的だ。

ご遺族の話によれば、

着物は着る人にしか売らなかった。なので、問屋は一切通さない。
身につけるものは、全て手作り。下駄までも作っていたのだそうだ。
機の踏み瀬をずっと踏んで、足は変形(外反母趾?)していた。
機の音に心地よいリズムを響かせ、百年近くたっているという昔ながらの織り機を使ってこつこつと織っていらしたという。

私達の身近なところで、その山内諌氏の功績を知ることができるものと言えば、国会議事堂。(博多織は、貴衆両院協議室・その他に採用された)
昭和11年に完成した、その国会議事堂の壁面を博多織が飾っている。幅5尺単位で、総面積109平方メートル。そのつなぎ目も1ミリたりともずれてはいけない。その難作業に山内氏は、牧俊八氏・清賀喜三郎氏・神谷誠氏・助手に豊島保男氏という面々で取り組んだ。(図案・紋紙は、織物デザイナー菅善三郎氏)
のちのち、国会議事堂に見学に行かれた山内氏は、こっそり目に涙していたという。その思いもひとしおだったに違いない。(時折、ニュースや新聞に登場する委員長室の壁紙が実は博多織らしいので、要チェックです)

話はそれたが、山内氏の作品は、ひとつひとつが見事な色の調和をなし、今でもまったく魅力的なものばかりだった。蝉をかたどった絣調の作品もあったが、その緻密な図案もすべて頭の中での計算によるもの。意匠に書き起こさず、そのままダイレクトに織っていたのだという。驚きだ。(その作品は、県美術館への寄贈を所望されているそう。もしかしたらいずれ皆が目にする時がくるやもしれない)

一般に博多織=帯、と思われがちだが、博多織の着尺や、やわ物の帯・ショールなど・・様々な博多織を織ってこられた山内諌氏の功績を、あらためて目の当たりにし、これから自分がどのようなものに挑戦していくのか、大きなヒントを与えてくれた。

ずっと見てみたかった山内諌氏の作品。
もう目にすることはないだろうと言われていたので半ばあきらめていたのだが・・本当に幸せだ。
Yさん、ありがとうございます。(Yさんは、ご自分は博多織とは違う職につかれ、別の生き方をされているが、これからも博多織と関わっていきたいと仰ってくださっていた。嬉しいな)
また来てくださいね!(^^)

投稿者 宮川 アリナ : 2007年08月25日 23:05

■コメント

yoshyyoshyさん!
ご無沙汰しております(^0^)/
その節は大変お世話になりました。

資料探しも始めたのですね!
ますます博多織マニアになりつつありますね~(笑) 
10月楽しみにしています。
驚愕の事実は、来年といわず近いうちに♪

あ、それから、以前、メールもいただきありがとうございます。
こちらから送信できていなかったことが昨日判明しました。(汗)
また近々メールします☆(^^)

山内さんのような素晴らしい作品を創れるようガンバリまする!

投稿者 宮川 アリナ : 2007年10月04日 09:50

丁寧な解説をありがとうございます。
西村会長と毎年10月頃にしようかとの話もしました。今回の件をきっかけに 自宅の資料の整理や最近、福岡市総合図書館、福岡県立図書館に山内諌の記述の資料探しを始めました。
 またインターネットで山内諌の記述の古本も どんどん入手しています。
 新たにわかった驚愕の事実も見つかりました。
 それは来年にお話しますか、、、。
 
あと、県展入選 おめでとうございます。

投稿者 yoshyyoshy : 2007年10月01日 23:07

■コメントしてください




保存しますか?